書き損じハガキプロジェクト 現地報告
  沖縄尚学高等学校 アイアーン沖尚   
  書き損じハガキプロジェクトで19万5千円が集まりました。
4千通近いハガキの寄付をいただき、郵便局で切手に換えて、それを学校に買い取っていただきました。

その結果、19万5千円のお金になりました。また、現金の寄付もいただきました。
この場を借りて、お礼を述べさせていただきます。ありがとうございました。

インドネシアの被災地へ37万円を持って行きました。
私たちは、この1年間、学園祭などで寄付を呼びかけたり、模擬店の売り上げなど、様々な形で、支援金を作ってきました。また、3月にインドネシアのパダム地域で地震が起こり、緊急支援募金も校内で行いました。

その結果、37万円のお金が集まり、それを持って、上野先生がインドネシアに届けに行きました。
 届けに行くお金が有れば、その分、募金に回すべき、とか、募金のお金で行ったのでは、と思われてはいけませんので説明しますが、旅費は個人のお金と、学校からの援助でまかないました。上野先生は、アイアーンの活動で、アジアの人たちとよくミーティングを持っています。そのミーティングで、タイ、シンガポールに行くので、その帰りに寄りました。また、現地の実際の様子を見てきて、みんなに報告してもらいたいという私たちの願いもかなえてもらうために行っていただきました。
 
インドネシアには、4月1日の夕方到着。4日の夜に出国しました。
インドネシアでは、現地のアイアーンのリーダーでもあり、UNESCOのインドネシア代表者でもあるHasnahさんの紹介で、インドネシアUNESCO代表のArief Rachmanさんを紹介され、また被災地や学校への紹介状をいただいて、各地の学校を実際に訪問しながら、義援金を手渡すことができました。    写真をクリックすると大きくなります。
Ariefさんと上野先生
Ariefさんは、インドネシアではとても有名な方です。
左から、真ん中はWiti先生、右の奥で忙しそうにしているのがHasnahさん。UNESCOからの紹介状を作ってくださっています。
 
4月2日、2月にジャカルタの水害で被害にあった地域の学校を訪問しました。この学校は、昼間は普通の中高校。夜は、商業高校となります。夕方の訪問で、商業高校の生徒達の授業を見学しました。
学校は被害にあっていませんでしたが、多くの生徒の家は被害にあいました。 被害にあった子どもたちへの支援金を、校長先生に託しました。
 
4月3日、3月に地震が起こったパダムに飛びました。飛行機で約1時間半のところへ日帰りでした。こちらでは、現地の政府関係者の方が、各学校に同行して、上野先生が安全に行動できるようにしてくださいました。
 
校舎は壊れて、簡単なベニヤ板とテントの学校です。この地域のほとんどの学校がそうでした。 この学校では、地震の時に先生も2人亡くなりました。赤い服の女の子は、その先生のお子さんです。
 
写真をクリックすると大きくなります。
 
先生の衣装は、インドネシアの衣装です。 校舎が壊れて、テントで授業しています。
テントの授業は、暑くて、雨が降ると暗くなります。こんなくらい教室で勉強しているの、と思います。 崩れかけた校舎。その向こうの教員宿舎は完全に崩れていました。昼間で、教員が誰もいなかったので助かった、と言うことです。
学校の教材や、生徒の支援に使ってください、とお願いして、義援金を手渡しました。
4月4日、昨年の地震被災地、ジョグジャカルタを訪問しました。
 最初に訪れたのは、昨年夏に、アイアーン世界大会でWiti先生に託した500ユーロが届けられた学校。家が壊れたり、家族が亡くなった生徒に配られたと言うことで、その生徒達がお礼を述べに集まりました。記念撮影をした後、継続して支援が必要な生徒や学校のために、お金を託しました。
昨年、支援金を送られた生徒達と 追加の支援金を渡しました。
照明のない仮設校舎は、雨が降ると暗い 教室の壁は、黒板
昨年、テントの中で授業していた学校に、校舎ができました。シンガポールのイスラム教団体からの寄付で建てられたそうです。しかし、まだ教材が不足しており、先生も足りません。
コンピュータ購入資金として、渡しました。 去年、テントがあった場所
地震から一年たちますが、未だにテントに暮らす人も多く、立て替えが進まない家も多数有りました。
 
地震や津波、水害など、自然災害の多発するインドネシアに、私たちは、これからも継続的な支援を続けていきたいと考えています。皆様、ご協力ありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いします。
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